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シングルマザーの貧困!乗りきるには家計の管理と福祉の適切利用

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離婚前よりシングルマザーになってからの生活のシュミレーションはしてきました。

とはいえ、やはり予想通りにはいかず、なかなか苦しい生活を余儀なくされました。

約束された養育費も支払われず、実家とも仲良くないため誰にも頼らずに生きていくぞ!とむきになっていましたが、誠実な役所の対応のおかげで肩の荷が下りました。

金銭的に汲々な上に精神的にまで自分を追い込んでは、逆に生活が破綻するかもと悩んだりもしました。

ないものはない!で開き直って頑張ってみた数年間でした。

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月給13万円の家計簿

離婚した当初就職した会社は、大きな会社で保険はちゃんとしていましたが、事務職でアルバイトでの入社でした。

仕事を頑張って評価が上がれば正社員に採用される可能性もあり、仕事内容は正社員と変わらないので正社員を目指してひたすら頑張ることにしました。

離婚後探した家は、木造45年の6畳、4.5畳、4.5畳の台所、トイレ風呂付で家賃・共益費・駐車場込みで5万円でした。

住んでいた地域が車がないと生活できない土地柄だったので、離婚と同時に親が中古の軽四自動車を探してお金を立て替えて購入してくれました。

子どもを預ける保育園は、離婚前まで私はパートだったので収入が少なく、そのおかげでとりあえずは無料で通えました。

月々の固定支出は家賃・光熱費・携帯電話代・医療保険代・親への返済金で、約8万5千円でした。

当時の私の収入は時給720円!一日8時+残業代!めまいがしそうな待遇でしたが、社会保険や所得税は寡婦である分安く、社会保険があるだけで安心でした。

手取り月収は、毎月約13万円から14万円で、支出の8.5万円を引くと、私が生活費として諸々使えるお金は4万5千円から5万5千円位でしたね。

この4万から5万の間で、食費・被服費・子どもの必要経費をやっていかなければならない状態でした。

清貧な生活

この約5万円前後のお金でどうやりくりして生きていくか!が最初の命題でした。

会社は制服だったので、私自身の服はしばらく数年間は買う必要はないのでオッケーでしたが、子どもは足も体もやはりサイズが変わるので、そのお金は必要でした。

子ども服はかなり遠方にあったのですが、安い子供服専門店に買いに行き、靴はイオンのワゴンセールで売っている安い靴買い、履き潰してから次を買いました。

朝食は子どもにパンやヨーグルトを食べさせて、私は食費が増えないように朝は食べないようになりました。

昼食は私は仕事が忙しくちゃんとした昼休みもなかったので、食べられない日が多かったのですが、8本入りのスナックパンを常備して、2日間に分けて食べるようにしていました。

子どもの保育園は栄養たっぷりで本当に美味しい給食を作っていいて、毎日その給食を食べているので、本当に安心でした。

夜ご飯は仕事が終わって保育園に迎えに行って、買い物に行って安くて栄養のありそうなお肉や野菜を買って、帰宅してから食事の準備をし、娘と2人で食べました。

保育園では必要なものを買わされることがほぼなく、家にあるもので許してくれる優しい保育園だったので、突然の出費はほとんどなく非常に助かりました。

収支は無駄遣いを一切せず、何とか5万円程度で1年半回すことができましたが、貯金は全くできませんでした。

時々娘にガチャガチャをさせてあげたり、安いおもちゃを買ってあげる程の事はしてあげられましたので、貧乏で清貧ながらも楽しい我が家でした。

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生活を助けてくれた福祉

最初の2年間は福祉から、児童手当・児童扶養手当が4か月に1度まとめて入るので、それをしがない貯金や、長期休みに気分だけ旅行のちょっと遠方の遊び場に連れて行けました。

他に本当に助かったのでは医療関係の補助でした。

離婚前から娘は何故だかウィルスに弱く熱をやたら出し、またアレルギーと中耳炎の持病があったので、治療費などがのしかかる事が一番の心配事でしたが、6歳までは無料だったので助かりました。

私についても前年度非課税だったせいで、ひとり親家庭医療というものがあって適用された結果、月の診察が3回までは最高500円を払えば見てもらえ、その後は無料になりました。

私はこの時期、日帰りですが手術が必要な病気を不覚にもしてしまい、手術代に震えていたのですが、無料で治してもらえました。

貧乏で病気も治せないではあまりにも辛すぎるので、当時住んでいた自治体の福祉の親切さには今でも感謝しています。

まとめ

まだ子どもが小さかったのであまりお金がかからなくて、必要以上の苦労を負わすことがなかった事が救いです。

娘にはぜいたくをさせてあげられなかったし、欲しいものも我慢させて買ってあげられなかった事は、今でも「ごめんね」と思ってしまいます。

私が離婚後住んだ自治体は、田舎でもあったのでお金が必要以上にかかることもなく、福祉も周辺の市町村より充実していたので本当に恵まれた貧困時代でした。

自治体によっては、そこまでシングルマザー対策が当時は進んでいなかったと記憶しています。

確かにあまりにも収入が少なくて困りましたが、元々が私が貧乏で苦労した家庭に生まれ育った結果、働いて収入がある限りいつかは上向くだろうといった楽観的な性格も悲壮感が漂わなかった結果かと思います。

貧困も感じ方、考え方次第で、頑張る原動力になりますし、シングルマザーである以上へこたれずに貧困でも前向きにいきたいものです。

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